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福岡地方裁判所 昭和28年(行)17号 判決

原告 田中忠蔵

被告 田主丸町農業委員会

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和二十七年十二月二十四日別紙目録記載(一)(二)の農地につき定めた農地等の交換分合計画はこれを取消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、被告農業委員会は昭和二十七年十二月二十四日土地改良法第九十七条第三項の規定に基き農地等の交換分合計画第一号を定め、同日公告した、而して右計画によれば原告所有の別紙目録記載の農地二筆(以下本件農地という)は田主丸町大字田主丸字金銀四十六番地の一、田七畝十八歩と交換されることとなつた。原告はこれに対し昭和二十八年二月二十一日異議申立をなしたが、被告は同年三月五日これを却下したので同月十二日更に訴外福岡県農業委員会に訴願したところ、右訴願は棄却せられ、原告は同年六月五日右訴願棄却の裁決書を受領した。

しかしながら、右原告所有の各農地に対する交換分合計画は次の理由により違法である。

一、原告は田主丸町大字豊城に住所を有し、同所字板町には本件農地の外に同所二十八番地、田一反十六歩、同所三十番地の二、田三畝十九歩、同所三十一番地、田一反二畝三歩、同所三十二番地、田一反一畝十九歩、同所三十三番地、田一反六畝五歩、合計五反四畝二歩を所有し、右各農地は集団地として農業経営上最も理想的なものである。而して右農地はいずれも従来より訴外林田力蔵外五名が小作していた関係で現在は原告自ら耕作することができない状態にあるけれども、原告としては農地改革により他の農地の殆んどを買収された結果、将来原告が農業経営の対象となし得る農地は右一団地の農地だけである。しかるに被告は右一団地の農地の内本件農地二筆をその小作人の農業経営の合理化のため必要であるとなし、同所より数町を距てた、しかも原告と全く関係のない場所である田主丸町大字田主丸字金銀四十六番地の一、田七畝十八歩と交換することとしたのであつて、右は原告の農業経営の将来を考慮しない違法の計画というべきである。

二、本件農地の交換分合計画は、土地改良法第一条、第百一条第一項に違反した計画である。即ち、土地改良法第一条は農地の交換分合は農業経営を合理化し、農業生産力を発展させるため、農地の改良、開発、保全及び集団化を行い食糧その他農産物の生産の維持、増進に寄与することを目的としてなされることを要し又同法第百一条第一項は交換分合計画は耕作者の農業経営の合理化に資するように定めなければならない旨それぞれ規定する。しかるに、被告は本件農地の小作者の耕作権を交換分合するのみで前記の目的を達し得るに拘らずこれをなさずして農地の所有権の交換分合をなし、原告の集団農地を分割するに至つたものである。しかも本件農地の耕作権は借地権であつて契約の更新拒絶もできるのであるから、将来原告が耕作するに至つた場合には右集団農地を分割される結果原告の農業経営に不合理化を来すこと明かである。従つて本件交換分合計画はその目的を踰越し、前記の諸規定に違反した違法があるというべきである。

三、本件農地の交換分合計画は土地改良法第三条第二号に違反するものである。即ち、右規定によれば土地改良事業に参加する資格を有するものは所有権に基き耕作の業務の目的に供される農地についてはその所有権者であるが、所有権以外の権原に基き耕作される農地についてはその所有者が農業委員会に対し当該土地改良事業に参加すべき旨を申出で、かつ農業委員会がこれを承認した場合にのみその所有者は参加資格を有するのであり、従つて右所有者の農地につき交換分合を行い得るのである。しかるに本件の場合原告は右の申出をなした事実がないに拘らず被告は本件農地の所有権の交換分合計画をなしたものであるから、右計画は違法というべきである。

四、仮に土地改良法により本件のような農地の交換分合計画を定め得るとしても、その交換に原告が不同意である以上原告の財産権を侵害するものというべく、従つて右交換分合計画は憲法第二十九条の財産権保障の規定に違反する違法なものである。

以上の理由から本件農地の交換分合計画は違法であるから、被告に対しこれが取消を求めるものである。と述べた。(立証省略)

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、被告が昭和二十七年十二月二十四日原告主張の農地等の交換分合計画を定め、公告したこと、而して右計画において原告所有の本件農地二筆についてはこれに代え原告主張の農地七畝十八歩を換地として交付することに定められたこと、原告が右計画に対し各主張の日に異議訴願をなし、その主張のとおりの決定、裁決がなされ、右訴願棄却の裁決書が原告主張の日に送達されたこと並に本件農地がいずれも小作地であることはいずれも認めるが、その余の点はこれを争う。

本件交換分合計画は土地改良法第九十七条第二項に基き被告が積極的にその必要があると認め交換分合計画を定めたものである。而して農地の交換分合は原告主張のとおり耕作者の農業経営の合理化を図るために行うものであるから耕作者を主体として計画を樹立しなければならないのであるが、本件農地は小作地であるから耕作者である小作人の経営が合理化するように計画しこれに附随して原告の所有権を交換先の農地に移転せしめたのもである。又原告の場合交換により失うべき農地の評点は八二・五点であるに対し交換により取得すべき農地の評点は九四点であり、原告は本計画によりむしろ利益を得たものというべきである。以上の次第で本件農地の交換分合計画には原告主張の違法事由は存せず適法なものである、と述べた。(立証省略)

理由

被告が昭和二十七年十二月二十四日土地改良法第九十七条第三項に基き農地等の交換分合計画第一号を定め、同日公告したこと右計画において原告所有に係る本件農地二筆は田主丸町大字田主丸字金銀四十六番地の一、田七畝十八歩と交換されることとなつたことは当事者間に争がない。

そこで本件農地に対する右交換分合計画の当否につき以下順次判断する。

まず原告は本件農地に対する交換分合計画は原告の農業経営の将来を考慮せずになされた違法がある旨主張する。しかしながら土地改良法第百一条第一項によれば農地の交換分合計画は耕作者の農業経営の合理化に資するように定めなければならない旨規定され、本件農地がいずれも小作地であることは原告の認めるところであるから、被告としては右農地の小作人等の農業経営の合理化に資するように本件農地に対する交換分合計画を定めるべきものであり従つてその結果土地所有者たる原告の将来の農業経営に不便を来すことがあるとしても、他に特段の事情がない限り右交換分合計画が違法となるものではない。従つてこの点に関する原告の主張は理由がない。

次に原告は農地の交換分合計画は耕作者の農業経営の合理化に資するためなされるものであるから、小作地である本件農地については耕作権の交換分合をするのみでその目的を達し得るに拘らず、被告はこれをなさずして所有権の交換分合計画を定めたものであるから、右交換分合計画はその目的を踰越した違法があると主張するにつき考えるに、証人坂井欣吾(第一、二回)、古賀厚、林田醇美、林田政次の各証言を綜合すると、被告の定めた本件交換分合計画は土地改良法第九十七条第二項に基き樹立されたもので、広範囲にわたる農地を対象とし、その計画全体との関連において、本件農地中、目録記載(一)の農地は交換の結果林田醇美の自作地となり又目録記載(二)の土地は古賀厚の自作地となつたもので単に耕作権のみの交換により交換分合の目的を達し得ず、農地所有権の交換を必要としたものであることが認められ(右認定に反する原告本人訊問の結果は措信しない)、交換分合の目的を達するためには耕作権のみならず所有権の交換ももとよりなし得るところであるから、原告の右主張も採用の限りでない。

次に原告は本件農地の交換分合計画は土地改良法第三条第二号に違反し、原告の右交換分合に参加すべき旨の申出がないに拘らずなされたものであるから違法である旨主張する。しかしながら市町村農業委員会は権原に基き耕作の業務を営む者二人以上が請求した場合又はかような請求がない場合においても特に当該市町村農業委員会が必要ありと認めた場合には一定の手続を経て農地の交換分合計画を定め得る(土地改良法第九十七条第一、二項)のであつて原告の主張するような参加申出等の手続は何等これを必要とせず、原告の右主張は法律の誤解に基くものであつて、それ自体理由がないというべきである。

そこで更に進んで原告の本件農地の交換分合計画は憲法第二十九条に違反する旨の主張につき考察するに、土地改良法による土地改良事業は一の公益事業であつて土地の利用を増進するために権利者の意思に拘らず土地所有権又はこれれに準ずる権利(永小作権、地上権、賃借権等)に交換分合その他の変更を加えるものであり、かように私有財産を権利者の意思に拘らず正当な補償の下に公共のために用い得ることは憲法第二十九条第三項の規定するところであるから、右土地改良法に基きなされた本件農地の交換分合計画は何等憲法第二十九条に違反するものではない。従つて原告の右主張も採用するに由ない。

以上原告主張のいずれの理由によるも本件農地の交換分合計画は違法ではないから、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 鹿島重夫 大江健次郎 武居二郎)

(目録省略)

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